体外離脱してわかった地球生命系の法則②

2021年11月19日

地球の生命系は、食物連鎖による弱肉強食のシステムと見なされる。 体外離脱用音響装置ヘミシンクの開発者であるロバート・モンロー先生は、地球生命系の法則をそのように教えてくれます。先生は、私たちがこの地球上で上手に生きるための方法について、体外離脱者の独特の視点教えてくれています。

1.常に、自分が「自分の肉体以上のもの」であることを知り、想起せよ。それによって、地球の生命系での活動をたやすく概観できるようになる。苦痛は耐えやすくなり、恍惚はより深くなる。その場の恐怖は霧消する。

2.生存の欲求を認識し、制御せよ。それに支配されることなく、支配せよ。

(a)公式の片方(肉体の生=善)は、地球の生命系で必要とされるものであり、そこにとどまる間は受け入れてよい。公式のもう一方(肉体の死=悪)は捨ててよい。それ以上の知識が与えられるのだから。

(b)究極の目的は、肉体的に生存することではないということを忘れるな。ここにいるのは何かをするためであり、ここで果たすべき役割があるのは確かなことであるから、絶望する必要はない。突発事故は起こるかもしれないが、それで損害をこうむるわけではない。すでに人としての経験を積んでいるのだから。

(c)生殖の欲求は、地球の生命系の中で最も強い動物的な本能である。種を肉体的に保存するために特に与えられた欲求であるから、人間の行動のほとんどの側面を支配し、また支配するように操作されている。それを楽しめ、しかしそのために生死を賭ける必要なない。その操作をあるがままに受けて楽しめ。ただし必ず理解したうえで、それに屈せよ。

(d)物質的な財産(材料、食物、道具、玩具)は、この世で使用するためには重要だが、所有権は単なる一時的な便宜に過ぎない。そうした財産は持ってはいけないし、持っていきたいとも思わないものだ。自分の肉体さえも。

3.過渡的な立場を維持せよ。厳密にいって、人間でいるということは、それを選択しているということなのだ。その選択権は、この世にいる限り有効である。望むなら、手に入れた経験を荷造りして、いつでもどこへでも立ち去ることができる。どこからも非難や罰を受けることはない。人間精神が満足するなら、この世の風習や力がどうあろうと、それを実行していいのだ。地球の生命系に浸りきった者には理解できないだろうが、それはそれで彼らの問題だ。

4.生命系での生を楽しみ、大いに浮き沈みせよ。ただし、それに溺れるな。生命系の働きに腹を立てるのはやめよ。不平等だと感じたり、不当に利用されたり、横暴に遭ったり、冷淡にされたり、欺かれたりしても。この世は弱肉強食の世界としてつくられているのだ。そして、これは素晴らしい教育機関なのだから。

5.鍛錬と自覚したうえで、自分の人間精神を精いっぱい鍛えよ。美しい工芸品を造り、問題を解決し、花の香をかぎ、夕日を見つめ、音楽を造り、物質世界の秘密を極め、親しい関係やその場のニュアンスを味わい、喜びや悲しみ、笑い、共感、思いやりを感じ、そして、心に残る思い出をすべて、旅行鞄に詰めこむのだ。

6.一番重要なことだが、自分の人間精神に探求させ、経験させ、いつどこでそれに出会ったのかを意識の流れに加えさせよ。それを飲みこめ、しかし、そこに残る「故郷」の痕跡のせいで、逆に飲みこまれてしまわないように注意せよ。幻想となれあいを警戒せよ。それはしばしば、地球の生命系の中で、真実を選び出すことを難しくするから。

7.人間精神は、地球の生命系の中でも、自然と「向こう」で慣れ親しんだ流儀でことを行おうとする傾向がある。歴史にはそういう例が山ほど存在するが、結局はいつも、生命系の力が勝つのだ。切っ先が鈍ったとしても、すぐにまた弱肉強食の動物的な要素が戻ってくる。しばしば以前よりも強くなって戻ってきて、主導権を握るのだ。だからといって、人間精神の発露を活かす努力をしていないというわけではない。一部なら変えられるかもしれない。しかし、すべてを変えることはできない。もし、本当に完全なオーバーホールをしてしまえば、もはや生命系など存在しないし、存在できなくなってしまうだろう。だがどのみち、それがあとどれだけ存続するのか、誰が知ろう?

究極の旅: 体外離脱者モンロー氏の最後の冒険