臨床心理学者からみたアルコール依存症

アルコール依存症からの回復を目指し断酒2年目になりますが、30年近く飲んでいた酒を断つのは容易ではありません。アルコール依存からの回復について臨床心理学者の河合隼雄先生に伺います。

アルコール依存、薬物依存は、わが国でも今後ますます問題になるであろう。

というより、世界の問題になるとさえ思われる。

睡眠薬は、あまり依存症状が出ないようなので大きく取り上げられないが、一定量以上を依存症と定義すると、これは世界的に相当な数になると思う。別に個々の人に質問しなくとも、世界中で売られている睡眠薬の量が、たとえばこの20年間でどれほど増加しているか調べてみるだけでも、相当な数値が認められるのではないかと思う。

アルコール依存症の治療はなかなか困難である。私にも本人やその家族に面接を続けた例が何例かあるが、確かにそれは難しい。よくなったと思っても再発がある。薬物依存がよくなったと思っていたら、アルコール依存になっていた、ということもある。よくなった人たちは、私のお会いした人たちに限っていえば、相当に深い体験をし、危険を克服していった人たちで、それは長い道程であった。

それは「酒を飲まない」強い意思をもつ、などという次元とは、まったく異なるものであった。端的に言えば、これほど難しく苦しい道を歩むほどなら、アルコール依存でいる方がまだ楽だ、と言えるほどのものであった。

「アルコール依存症の問題の中核は、宗教性にある」

とは、C・G・ユングの言葉である。

この言葉が契機になって、AA協会(アルコール・アノニマス)が設立されたと聞いているが、確かにこれは意味深い言葉である。

ユングの言葉は、何かの宗教を信ずれば、アルコール依存症が治る、などと言っているのではなく、人間存在についての根源的な問いに答えようと努力することを宗教性と呼んでいる、と考えるべきだろう。

そんな問いにはほとんど意味を感じないという人もあるし、ある程度のところで適当に答えを見出している人もあるし、上手にごまかしている人もある。しかし、人間のなかには、この問いから逃れられない人もある。と言って、答えが簡単に見つかるはずがない。そこから逃れたり、あるいは答えが見つかったかのように瞬間的に感じたりするには、アルコールはもってこいのものである。

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