ほんものの宝物とは

2021年12月5日

インドの伝統文化の中では、ほんものの宝物は人格だといわれます。

今日の先生はまさにインドの至宝とよばれる霊的指導者であるサティア・サイババ先生に教えていただきます。

神の詩―サイババが語る「さとり」への道

許す心と耐える心(インドでは「クシャマ」とよばれている)」は、あらゆる修行の結晶です。すべての人に身につけてもらいたい、ただひとつの徳性です。素晴らしい人のもっている輝きです。罪を悔いる人にとっての苦行です。正しい人のもつ真理です。本当は、「許す心と耐える心」こそは真理です。それは、犠牲の精神であり、正しい行いであり、ヴェーダであり、愛であり、非暴力であり、真心であり、幸せです。「許す心と耐える心」こそがすべてです。

許す心と耐える心」は、本を読んで学べるものではありません。先生に教わって身につくものでもありません。市場で買えるようなものでもありません。つらい環境で修行にひたむきに取組みことによって、はじめて身につきます。試練を迎えている時、問題や困難が山のようにあるときにこそ、身につくのです。

許す心と耐える心」が身についていなければ、人生に安らぎはないし、ひどい困難に出会うでしょう。誤った道に進むことになります。だから、その大切さに気付かなくてはなりません。「許す心と耐える心」さえあれば、悲しいことや辛いこと、不都合や困難があっても、それで苦しむことはなくなります。

たった一つ、私たちが身につけなければいけない徳性である、この「許す心と耐える心」は、悲しい時、苦しい時、辛い時、困難な状況で身につきます。ですから先生は、悲しみや苦しみを歓迎しなさいといわれます。その時にこそ、私たちの中にある許す心と耐える心が花ひらくのだから、といわれるのです。

本文では、原著の「許す心」を「許す心と耐える心」と表現させていただきました。なぜならば、原著の翻訳「許す心」=「クシャマ」には、「忍耐寛容」などより幅広い意味があると知られているからです。